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この度は日本、ミャンマー友好協会2014年の総会にご招待いただきありがとうございます。
講演の大役を引き受けましたが、ミャンマーに関しては、ここにご参席されておられる方々、小林名誉教授、岩内会長は勿論、皆さん私よりはるかに豊富な知識と経験をお持ちの方ばかりと思います。
身の程知らずと自覚した上で、先入観、予備知識もない状態でヤンゴンに数日間滞在した感想をお話します。 特に、日本を選び、留学された、今日お集まりの学生達に聞いて頂きたいと思います。
実はつい最近まで、今話題のヒロイン「The Lady」の名前の由来は父と祖母と、母の名前を取って、アウンサン(父)、スー(祖母)、チー(母)と名付けられた事も知りませんでした。 又、ミャンマーが154の民族から成る国家だとも知りませんでした。 特にヤンゴンには、インド人、中国人、イスラム系の人々が多いのに、驚かされました。 小学生ぐらいの子供達が顔も見えない程、暗くなっても大声で騒ぎながら、ボールを蹴ったりして遊んでいます。 多分日本人より視力がよいのだろうと思います。 あるいは露天商の母親の隣には、まだ1〜2才と思われる赤ちゃんを連れて夜遅くまで働いています。 人目をはばからず、授乳しているシーンは日本では見られません。 日本の現代社会は、人間関係が希薄になり、家族、友達でも何かよそよそしく遠慮がちで白けた空虚な感じさえしますが、ミャンマーでは、自然にスキンシップをしたり、リアルでサバイバル、遠慮のない濃い人間関係を感じ、羨ましく思いました。 ホテルマンが3ドル払えば、サークル列車に乗ることができて、4時間かけてヤンゴン郊外をぐるっと一周出来ると教えてくれました。 さっそく乗り込みましたが、観光客は余りいなくて、ほとんどが、現地の人です。
スタートしたセントラル駅が、始発できれいに清掃された車輌でした。 しかし、停車する度、行商人が、果物やピーナツを売り歩き、ピーナツの殻や、みかんの皮が、床に捨てられてゆきます。 出発して2〜3時間も経てば、床はゴミだらけになります。 又貨物列車かと思う程、大きな荷物が窓から放り投げこまれたり、天秤をかついで乗り込んでくる人もいます。 車輌の1/3ものスペースを占領している荷物の料金はどうなっているのかなどと思いながら見ていました。 車窓からは視界一面に緑の草木が拡がっています。 駅周辺には質素で老朽化した錆びたトタン屋根の家が見えます。 日本に上陸する規模の台風に襲われたら、家畜小屋のような家は半壊、全壊してしまうと感じました。 駅のホームは、オープンマーケット状態で、野菜、果物、魚等を買いに来、黒山の人だかりです。 ホームに腰をかけている人や、線路の真中を闊歩している人もいます。 残念だったのは、中心部からかなり離れた場所でも駅周辺の池や小川は、ドス黒く淀んだ水しか見えなかった事です。 排水、下水のインフラが整備されてないのでしょう。 同じような風景に多少退屈しかけた頃、一人の理知的そうな青年が乗って来ました。
日本の観光客と思ったのか、英語で話しかけてきました。 カレン族でクリスチャンと聞き、私は、ユニバーサル福音教会の牧師だが、聖書より、仏典の方が深いし、輪廻説の方が、論理的だと自論を話すと意気投合して一時間余り話し合いました。 イギリス統治時代の功罪とか、日本軍の評価、現政権の事等々です。 彼は大学を卒業しながら職がなく1年以上ボランティア活動をしているとか、政府に不満を持っているようでした。 カレン族でクリスチャンということは、おそらく、エリートで裕福な家庭で育ったと思います。 アングロサクソンの常套戦略ですが、多数派のビルマ人が少数民族と大同団結して反乱させたないように、少数民族やインド人が支配層として行政役人等に登用されます。 未だに少数民族との紛争が続いているのも分割統治による紛争の火種が残されているからです。 イギリス人の統治は、紳士的であったとの見解もありますが、1000年も前から仏教を正典とする長い歴史と伝統文化は、政教分離により寸断されました。 又、王子は殺害され、王朝の血統は絶えました。
英・仏・蘭は東南アジアを支配し、日本もロシアの脅威を感じながら、自国の防衛とアジアにおける西欧列強による支配から、解放する為に、無謀とも思える決断を迫られました。
エネルギー資源のない日本に与えられた選択は、それ以外に無かったのかも知れません。
しかし、敗戦国には微塵の弁解も正当化も許されません。 動機がどうであれ、大儀がどうであれ、日本は勿論、ビルマを含めた周辺諸国が被った犠牲は余りにも大きいものでした。
ビルマには30万人余りの兵士が投入されましたが、戦争史の中でも最大の愚劣な戦略で過酷極まるインパール作戦では十数万の日本兵を戦死させ、共に戦った兵士、捕虜の犠牲も多大なものでした。 命からがら敗走する日本兵をビルマの人々はかくまい、食糧を与えてくれました。 仏の教えが、骨髄にもしみ込んでいる慈悲の心からか、日本人が好きだったからかわかりませんが、この御恩は、忘れてはなりません。 少なくとも、仏や天の記憶からビルマ人の尽した利他の行為は、消える事はないと思います。 日本はアメリカとの戦いで全土が焼け野原となり、原爆で決着をつけるまでもなく、壊滅していました。 しかし、その後次々とアジア諸国は、独立してゆきました。 インドが独立できたのは、最大の愚策と評されたインパール作戦で日本と共にイギリスと戦った事が、最大の要因だと言ってくれました。 又、タイの元首相は、無残に敗れた日本に対して、「日本はアジアのお母さんのような立場であった。 アジア諸国が自立して独立出来るように厳しく鍛え、育てようとした。 しかし、余りにも難産の為、母は力尽き倒れてしまった。 でもアジア諸国は独立し、たくましく育っている。」 余りにも多くの命を失い、血を流した大東亜戦争の意義も価値も語れない敗戦国に対して、又国家としてアジアの為に戦いながら、戦場で倒れていった英霊にとって、これ程の慰霊の言葉はありません。
わずか戦後70年足らずで世界は大きく変わりました。
100年前に書かれたシュペングラーの「西洋の没落」には、今日の西洋とアジアを適確に予見しています。
21世紀は、心の時代、本質の時代、アジア太平洋の時代、等々と言われています。 霊性の時代、宗教ルネサンスの時代など様々ですが、パラダイムシフトの大転換であることは、間違いありません。 啓蒙思想を経て欧米の合理主義、科学万能主義、実証主義では、論証出来ない、神や仏を語ることを避けてきました。
ニーチェは「神は死んだ」と死亡宣言をしました。 日本も「現人神」の後遺症から、特に政治家や公人は、神仏を口にしたり、活字にすることはタブーで「神殺しの日本人」と言われています。
神仏が実在するならこんな失礼な国はありません。 案の定、日本人は神を追放して、拝金教が横行し、物欲、肉欲、金銭欲、が中心的価値を占める国民に堕してしまいました。
戦後40年間でJapan as No.1に到達した大きな負の代償です。 あるいは、明治維新後、「和魂洋才」のテクノロジーは西洋を凌ぐ域に達しましたが、魂まで守れなかったのでしょうか?
本来科学は、神の実在を究明する為に自然神学から発し、ニュートン、ケプラーらが宇宙、天体を探求していったのです。 自然神学から自然哲学、自然科学へと変遷していくにつれて、その探求は、神仏、神秘な世界と乖離してゆきました。 しかし慧眼な物理学者などは、東洋の宗教哲学から大きなヒントを発見したり、深い瞑想から教えられていたりします。
「アジアのラストフロンティア」とミャンマーに熱い視線が注がれているのは、政治、経済、あるいは、地政学的観点からと思います。 豊富な資源である天然ガスや水資源、レアメタルや宝石類、金、材木、穀物などの魅力や6000万人の人口を有する未開の市場、日本の1.5倍の国土などは、勿論重要な注目すべきファクターであることは間違いありません。 しかし、同時にもっと本質的な条件として、この国に備わっている事は、EQ(情動指数)、SQ(魂指数)が世界の中でも極めて高いということです。 どこの国が7才〜20才までの全国民が出家して寺院で修行を積み、仏典を学び、教養をつけてきたでしょうか? どこの国が700年も五戒を愚直に守り修業を積んできたでしょうか?
ビルマの人々は700年間も連綿と仏と共に生活して、そのDNAを継承してきました。
「アジアのラストフロンティア」とは仏が最後まで温存してきた大切な民族なのです。 仏教王国を世界に建設する切り札なのです。 末法ともいえる現代社会を変革する為に、最もふさわしい国家に育てようと、試練も与えてきました。 他民族、他宗教、他言語、多文化を有する国家は、国外、国内からも苦痛と困難を強いられてきました。
こんな多様極まる国家が神か、仏の下で、一つになれば、One World under Buddahの実現も不可能でありません。 大きな価値観の転換期にあらゆる環境を整え、準備され、この国を中心とした大潮流にアジアを巻き込み、アジアから世界を動かそうとしていると思うのです。
そしてタイの首相が言ったように再び日本は母の立場で、協力してゆければ、共に繁栄を享受することが出来ると思います。
ミャンマーからここにも優秀な留学生が日本を選び、日本にきてくださっています。
100年余り前にも、多くのアジアリーダーとなった留学生が日本に来て学ばれました。 朴大統領、李登輝元台湾総督、リー・クアンユー元首相、孫文元国民党総理、周恩来などは、日本の高い精神文化に憧れて日本に留学し、皆それぞれ国家的リーダーになりました。
今、日本に留学されている方々は、日本に期待をされ、来られたと思うのですが、技術面はともかくとして、本来もっと大切な見えない日本の伝統的精神などは得られるものがあったのかと自信がありません。 むしろ、戦後は経済成長、物質的豊さだけにフォーカスして来たため、日本が失いつつある、見えない物の大切さ、神仏に対する畏敬の念、道徳心、利他愛、慈悲などは、ミャンマーの方が今も、大切にされていることだと思うのです。
日本で技術を学び、益々、日本、ミャンマーの友好の橋渡しとしてご活躍いただければ、幸せです。
ご清聴ありがとうございました。

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